新型コロナウイルスの感染拡大により、私たちの家庭や職場での生活様式が大きく変わり、教育のあり方にも大きな変化がもたらされました。 過去2年間にわたり、アジア・太平洋地域の学校や大学はオンラインやハイブリッドでの教育を取り入れ、 学びを継続させるためのテクノロジーの活用が急激に進んできました。教育の未来に目を向け、 これからの教育方法と学習環境がどのように変わるのかを予測するには、この急激な変化とイノベーションに注目するのは当然です。 世界中の教育関係者がこれまでの指導方法を見直すかつてないチャンスとなっています。変わりゆく世界のなかで、新たな世代を教育し、 意義のある学習成果を保証する必要があります。ターンイットイン アジア太平洋地域のバイスプレジデントとして、 私が教育機関のリーダーたちとの会話を重ねる中で明らかになった、学校内で変化とイノベーションを牽引する4つの要素をご紹介したいと思います。
AIの教育への影響教育分野でもっとも劇的に発展しているもののひとつに、人工知能(AI)があります。 AIを活用した指導やライティング課題をどう捉えるかという点で、これまでの教育方法に大きな影響を与えています。AIは、 次の3つの点で指導と学習に大きな影響を与える可能性を秘めています。
1)教育の効率化
AIは、負荷の少ないタスクを効率的に行うためのものであり、 人間の意思決定のもとで活用することでさまざまな教育実践に役立てることができます。学習評価は、 もっとも時間と労力がかかるものと考えられていますが、テストや課題の採点でAIを活用すると、スピードと正確さ、一貫性を向上し、 学習評価のもっと重要な側面に時間を割くことができます。伝統的に教育機関では、学習評価の課題を解決するために、 時間はかからないけれども教育効果の薄い方法を採用してきました。たとえば、多項選択式問題を活用すると、採点の時間は節約できますが、 質の高いフィードバックにはつながりません。AIの力を借りることで、学習評価とフィードバックにかかる教員の負担を減らし、 さまざまな評価形式のなかから、教育目的に最も適したものを選べるようになります。
2)データの活用
データの活用は教育機関が前進するために欠かせません。AIを活用すると、管理者や教員、学生が、教育課程や学習に関して、 より具体的ですぐに役立つ知見を得ることができます。学習成果の分析は新しいことではありませんが、 これまでのデータシステムは複雑で一貫性が乏しかったため、あまりうまくいっていませんでした。 AIを活用したテクノロジーが提供するのは膨大なデータだけではありません。課題やコースレベルが適切かどうかを、 リアルタイムで教えてくれるのです。
AIのおかげで、学生の学習状況を、個人レベルと集団レベルの両面から評価するのが容易になり、 学習を支えるフィードバックをベストなタイミングで実施することができます。また、教員自身が自らの指導方法を自己評価できるようになります。 管理者は、学習の傾向やパターンを知ることで、コースやカリキュラムを見直すきっかけにできます。理論的に言えば、それらすべてが現状を改善し、 より良い学習成果を生むことにつながります。
3)ライティング実践の再構築
小論文は、何十年ものあいだ、高等教育の主要な要素とされており、現在もあまり変わっていません。インターネットが発達し、 情報やデータの「コピー&ペースト」が当たり前となり、盗用・剽窃や学生同士の共謀といった学術不正が増加してきました。 もし与えられたトピックに沿ってAIが人間と同じように小論文を書く能力をもったら、 知識や理解度を示す手段としての小論文の価値や誠実性はどうなってしまうのでしょう? これは、私たちが知っているライティングという行為が、 今後大きく変わっていくのを示しているのかもしれません。そしてそれは、ビジネスの世界ですでに実際に起こっていることなのです。 授業のなかでのAIの活用を、ライティングを補強する一手段として認め、学生の立場にたって、 知識や理解を示す別の方法を模索し始める必要があるのかもしれません。
学習評価に対する見方の変化いまだにパンデミックの中にいることを考えると、今後、教育がどのように変化するのかを確実に予測することは困難です。とは言え、 やむをえずリモート学習に移行したことが変化のきっかけになっていることは間違いありません。 そのことが未来の教育実践に残す影響について予測することはできそうです。その観点から考えると、教育の何が変わり、何が残り、 何が新たに出現するのでしょう?
まずは、無くなるであろうことについてです。これまでの教育実践を批判的に見直し、新たなニーズに応えることを考えると、 大人数の対面講義は減り続け、対面型の試験も無くなっていくでしょう。地球規模のパンデミックは、このような変化の推進力となっただけでなく、 真正性のある学習体験と現実世界で役立つスキルの習得を高等教育に求める、学習者や産業界の声を強めることにもつながりました。
次に、これからも続いていくであろうことについては、教育とテクノロジーが急速かつ効果的に融合したことでしょう。 テクノロジーへのアクセスや公平性については、発展途上の国々や先進国の一部ではいまだ課題を残していますが、教育の効果を高め、 学習成果を向上させるには、すでに活用できるテクノロジーをさらに進歩させることが大切です。いまや教育に関わるすべての人が、 テクノロジーにできること、できないことを意識しています。今こそ、教育機関がデジタル・トランスフォーメーションの足がかりをつくるときです。 とくに、テクノロジーの既存のインフラを最小限しかもたない教育機関では、過去2年間の変化は容易なものではなかったでしょう。たとえば教員は、 従来の紙ベースの試験をそのままオンラインで実施しようとしてもうまくいかないことに気づいたでしょう。テクノロジーの利用しやすさや公平性、 包括性の問題を考慮して、デジタル環境での実施に適したテストを作成しなければなりません。
実際に、学校や大学の管理者は、教員がテクノロジーへの理解を深め、授業で活用できるよう、積極的に方策を模索しています。 教育テクノロジーの継続的な活用が標準化し、テクノロジーの先駆者と追随者の格差がなくなり、学習と教育の質が向上することを期待しています。 たとえば、以前はオンラインでのSTEM教育は困難であると考えられていましたが、コロナ禍によって、それが可能であるばかりでなく、 効果的であることも明らかになりました。このように、オンライン授業への移行は、 学習成果を最大化するための評価方法を幅広く考え直すきっかけとなっています。
もう一方で、オンライン・テストでは学術不正が問題となっており、ローステイクス・テストをもっと頻繁に実施する必要性もでてきました。 これは教育の将来にとっては非常に望ましい発展で、高等教育機関が、従来の試験から、よりオーセンティックな(真正性のある) 評価実践へと移行していくことを期待しています。パンデミックをはずみとして、このような変化がさらに急速に、短期間で起こっていくでしょう。 もちろん、従来の指導や評価・試験方法に逆戻りする教育機関もあるかもしれません。しかし学校は、 新型コロナウイルスのさらなる感染爆発に備える必要があります。リモート学習の枠組みを維持するために取り組むことで、 教育の中断を避けることができます。また、テクノロジーツールが保証するスピードと正確性を活用した指導方法を追究し、 新たに取り入れることもできるでしょう。
誠実な学習評価を設計する学習評価を実施するためには、評価の設計と種類についての教員の意思決定が重要です。それは、 リモートやハイブリッドの学習環境でも同じですが、オンラインではアカデミック・インテグリティのための対策がより複雑になります。 オンラインでの評価について教員が考えるべきことは、評価過程における学生の誠実性と、評価そのものの誠実性です。 不正行為をさせない評価設計は困難な一方で、配慮の足りない評価方法を繰り返し行うことで、不正行為を誘発する可能性があります。 教員は学習評価について、高い教育効果と安全性を保証しなければなりません。不正行為の検知は難しすぎるという誤った考えを捨て、 試験監督のような安全対策だけではアカデミック・インテグリティの問題すべてを解決できないことを認識する必要があります。
学習評価の設計は、誠実性を保証するためのテクノロジーの活用と同じぐらい重要です。誠実な評価を実施するためには、 以下の質問について考えてみましょう。
・何を意図するのか
・学習評価の目標は何か
・どのような学習成果が期待されるか
・ひとつの学期でハイステイクス・テストを1回だけ実施するのか。それとも、 さまざまな評価を実施することで学生に学習を達成させるのか
最終的には、学生が正しい行いをすると信じるべきです。しかし同時に、学生が不正行為に頼ることなく、 誠実な行動をとっているのかを実際に確かめる時間と手段も必要です。不正行為を検知する手段を軽視すると、 評価の根拠すべてが損なわれる恐れがあります。ここで思い出されるのは、フィリップ・ドーソン教授の、デジタル世界における評価の安全性についての研究です。ドーソン教授は、 不正行為問題を解決するには、予防的・教育的なアプローチと、教育機関の方針に従った事後的・ 懲罰的措置とのバランスが重要であると主張します(Dawson, 2020)。
第一線で奮闘する教員を支えるうえで、組織の体制と運営の観点から、管理者の役割も重要です。管理者の仕事は、教員が不正行為に対処し、 誠実性を追求するためのリソースとトレーニングを十分に提供することです。十分なリソースを配分し、使えるリソースを最大限に活用し、 組織全体で誠実性の文化を築くための一貫性を保つ必要があります。
国際社会のために研究公正を強化する研究公正は、研究のインパクトを高め、評判を守るために、これまでも高等教育において極めて重要なものでしたが、パンデミック以降、 科学研究の成果に世界の注目が集まるようになり、さらにその重大性が増しています。プレプリント論文の増加を背景に、 COVID-19に関する医学論文が出版されることの正当性について議論が白熱しています。マイケル・マリンズ准教授はThe Scientistで「プレプリントの目的は、査読つき学会誌での論文提出から出版までの間のタイムラグを埋めることで、 全人類が地球規模の健康危機に対処するなか、その重要性はさらに増している。しかし他方で、粗雑な研究成果をまき散らす危険性もはらんでいる」 と述べています。
これに、オープンアクセスに関する議論や、世界中で加熱する学術出版競争の問題を組み合わせると、 研究への期待が進化していることが分かります。誠実性を伴わない研究は、研究者個人や所属機関の評判を損なう恐れがあるだけでなく、 社会にとっても大きなリスクとなります。研究公正の実践は、研究成果が国際的に共有され、国家間で共同研究が行われるうえでとりわけ重要です。 ガイドラインの逸脱とその副産物は、その分野内での伝染病の蔓延に例えられます。だからこそ、すべての教育機関が、 大学院生と研究者に研究の基本原則を教え、研究を取り巻く世界規模のコミュニティを強化するよう尽力する必要があるのです。