他者のアイデアを自分のアイデアとして完全に盗む行為といえば、誰もが「盗用・剽窃」を思い浮かべるでしょう。 自分の功績とするために他者の書いたものをそのままコピー・アンド・ペーストする、というのが、盗用・剽窃の典型的なイメージです。 それをテーマにした映画があります。スキャンダルもありました。そして、盗用・剽窃により損なわれた評判を挽回するのは困難です。
しかし、そのようなイメージが先行すると、自己盗用・自己剽窃や引用の間違いも不正であることを見過ごしがちです。たとえば、 自分の書いた文章を再利用すれば、それは「盗用」となるのでしょうか? 研究自体はオリジナルな成果であるのに、 なぜ引用の間違いが問題になるのでしょうか?
もし、研究者として自分の論文を出版し、その研究分野に影響を与えたいと思っているのなら、「自己盗用・自己剽窃」と「引用の間違い」 は非常に重要な問題となります。
詳しく見ていきましょう。
自己盗用・自己剽窃(自分が過去に書いたものを再利用して新たなアイデアとして再発表すること)は研究不正の一種で、盗用・ 剽窃行為となります。
自己盗用・自己剽窃を見過ごしがちな理由は、研究者は論文を書くとき、自分で考えた概念を再使用して論考をまとめるので、 他者のアイデアを盗むことにはならないからです。それでもなお、自己盗用・自己剽窃は研究不正の一種で、著作権の侵害にもなり得ます。
学生も同じです。自分の過去の成果物をリサイクルしても盗用・剽窃にはならないと考えるかもしれませんが、それは不正行為なのです。 学生は他の授業で提出したレポートを別の授業で再利用するかもしれません。あるいは過去に書いたレポートの一部を新しいレポートのためにコピー・ アンド・ペーストするかもしれません。しかし、自分の成果を複製して新たな成果として発表することは、自己盗用・自己剽窃となるのです。
自己盗用・自己剽窃には次のような行為が含まれます。
- 過去の研究成果を使用すること(テキストのリサイクル)
- ひとつの研究成果を、同分野の複数の学術誌に投稿すること(二重投稿・二重出版)
- ひとつの研究成果を分割して複数の出版物にすること (「サラミ出版」)
- 過去に出版された研究内容を、適切な引用をせずに別の論文に加えて投稿すること(増補出版)
- 著作権の侵害
これらすべては研究不正(自己盗用・自己剽窃)と見なされ、個人の評判を毀損するものとなり得ます。
COPE (出版倫理委員会)の2019年の出版倫理に関する研究によると、出版社が最も大きな課題に感じているもののひとつが自己盗用・ 自己剽窃でした。656人の学術誌編集者へ調査を行った結果、「回答者の半分が自己盗用・自己剽窃に遭遇したことがあり、22% はそれが頻繁に起こっていると回答している」ことが分かりました。COPEは、編集者たちの回答から、出版倫理に関して、自己盗用・ 自己剽窃が今後5年間の最大の課題のひとつとなると予想しています。「現在の、アウトプットを重視するアカデミック文化では、 出版へのプレッシャーが増し、自己盗用・自己剽窃の問題や、高額な掲載料さえ払えばどんな論文でも出版する「ハゲタカ出版社」 の問題を悪化させるだろう」(2019, p. 4)。
他方、自己盗用・自己剽窃に対して編集者が意識を高めるのは重要です。『サイコセラピー・セオリー・アンド・プラクティス』誌の自己盗用・ 自己剽窃に関する論説でアルガマンが述べるところによると、「自己盗用・ 自己剽窃は考えられているよりずっと多いことが近年の研究で明らかになっている」からです(2016, p. 427)。
ブレタグとカラピエによる自己盗用・自己剽窃の実例調査では、「この探査的調査により、サンプルとして選ばれた著者の6割以上が、 適切な引用をせずに過去の自分のテキストを再利用しており、自己盗用・自己剽窃が学術研究では一般的であることが分かった」としています(2007, p. 9)。
自己盗用・自己剽窃が、投稿論文のリジェクトや出版物の撤回につながることもあります。 どちらも研究者としての評判に直接影響を与えるものです。論文取り下げ経験のある研究者は、将来の研究・出版で課題を抱えることになり、 被引用率も10~20%低下しているのです(Mika, 2017)。
さらに、自己盗用・自己剽窃は倫理的な問題であるばかりでなく、他の学術誌の著作権を侵害し、法的な問題にもなり得ます。
つまり、どの学術誌の編集者も自己盗用・自己剽窃には注意を払っているのです。だから、 研究者は自分の論文がオリジナルの成果となるよう常に気を配る必要があります。たとえ自分の過去の研究であっても、それを「初めての成果」 として再利用してはならないのです。
では、自己盗用・自己剽窃を避けるにはどうすればよいのでしょうか? 自分の論文のすべての箇所がオリジナルであることを確認しましょう。 もし、自分の過去の研究を元に新たなアイデアをつくりあげるのであれば、過去の論文を適切に引用しましょう。
ここで、本稿のもうひとつのトピックである「引用の間違い」の問題が持ち上がります。
引用の間違いも編集者がよく遭遇する倫理問題です。その原因は、ただ忘れていただけという場合もあるので、 すべての先行研究の出典を正確に示し、適切に引用できているか確かめることが重要です。
前述したCOPEの2019年の研究では、「編集者の58%が、盗用・剽窃を犯している論文や、 研究の帰属に関する情報が不十分である論文に遭遇したことがあると回答」しています(p. 4)。さらに、研究の帰属に関する問題は今後5年間で増えるだろう、という編集者の予測もあります。(p. 4)。
たとえ、引用間違いのように些細に見えるものでも、アカデミック・インテグリティを侵害すると、研究者として失うものは膨大です。
引用の間違いが原因で、論文の出版が難しくなるとの研究もあります。オンウェグブジ、フレルス、スレイトの研究では 「論文内の引用間違いの数と、学術誌の編集者の意思決定のあいだには、統計的にも実質的にも有意な相関があり、引用間違いが4つ以上ある著者は、 3つ以下の著者より投稿論文をリジェクトされる可能性が4倍高い(オッズ比4.01、95%信頼区間1.22, 13.17)」 ことが示されています(2010, p. iii)。
これは裏をかえせば、「アクセプトされた論文は、リジェクトされた論文にくらべて、引用間違いの数が統計的にも実質的にも有意に少ない」 とも言えます (2010, p. xv)。
自己盗用・自己剽窃や引用の間違いは、研究者のキャリアに絶えずつきまといます。また、出版した論文の信用も損なわれます。 研究の発展を望むなら、どちらも避けたいことでしょう。
論文を出版するための成功要因は数多くありますが、研究者としての信用に関わるアカデミック・ インテグリティがその基盤にあることは今後も変わりません。アカデミックな評判は、得るのが難しく、非常に貴重なものです。アカデミック・ インテグリティを遵守し、研究者としての評判を守りましょう。