自分のことを理解してもらいたいという承認欲求は誰もがもっています。外向的な承認と内向的な承認があります。 個人の努力を外向的に承認されることといえば、ハイタッチなどの日常的な称賛から、最優秀賞の授与、 記念の盾の贈与などの表彰まで様々な形式があります。それに対し、内面的な承認とは、単純に「見られているという感覚」のことです。これは、 人間の内部で引き起こされる、より強い反応、つまり、居場所を求める欲求と結びついています。研究によると、幼少期でも、私たちの脳は自分の名前を聞くことに重大かつ独特な反応を示します。 自分の名前をわずかに認知しただけでも、大きな違いが生まれる可能性が示されています。
また、私たちのモチベーションを維持する上での承認の重要な役割に関する研究で、 被験者に平凡な書類仕事を与え、完了したら謝礼を払う実験が行われました。研究者のダン・アリエリーと、同僚のエミール・カメニカとドラゼン・ プレレクが発見したのは、提出された作業成果を実験者がその場で確認し、承認したグループは、承認作業を一切しなかったグループよりも、 長い時間仕事を続けることができたことです。
見られているという感覚は、自分の価値を認められ、理解され、大切にされているという実感につながります。
では、そのような感覚が学生の学習成果の向上にどのように寄与するのでしょうか?
アメリカのノースカロライナ州立大学教育学部で教育心理学と教育公正の准教授を務めるデリアン・グレイ博士は、「学生が授業に帰属意識をもつと、 教育効果とモチベーションの向上がさまざまな形で期待できる」と述べています。同大学でのグレイ博士の研究のおかげで、教師や親、 地域社会などのコミュニティは、帰属意識やモチベーションが学生の学習意欲と生産性の向上を支えていることをより深く理解できます。「学生は、 自分に合っていると感じられる環境に身を置くことを選ぶ」と博士は言います。
また、見られている感覚をもつ学生は、授業への出席率が向上することも真実です。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の健康政策研究センターの研究によると、 停学率の低い学校に通う生徒は、学校に対して強いつながりを感じているとの報告があります。オーストラリアの別の研究でも、高等教育プログラムにおいて、学生と指導員・ 教員との強固な人間関係が「退学率の減少に重要な役割を果たす」ことが明らかになっています。
さらに、学生が「見られている」と感じると、長期的な学習成果にも好影響を残すことが示されています。アメリカのネバダ州にあるコールドスプリングスでは、ワショー群の学区で卒業率を上げるために、Social Emotional Learning (SEL:社会性と情動の学習)を中心としたアプローチを実践しました。 「すべての生徒が帰属意識をもち、学校のなかで毎日、少なくとも一人以上の先生や大人とつながっていると感じることが必須だ」とロベルタ・ デュバル校長は考えています。
この「すべての子どもの名前と顔を覚えて、卒業させる」という取り組みのもとで、ワショー群の教員は、 廊下ですれ違うすべての生徒の名前を覚えるだけでなく、かれらの好みや学習成績、家庭での出来事なども頭にいれるよう絶えず努力しています。 このSELアプローチを導入して5年が経過した2017年、学区全体の卒業率は18ポイント上昇しました。同時に、 ワショー群の学校では出席率の向上と、州の読解・数学テストでのスコアアップが見られ、規律違反や停学が減少しました。
学習評価においても、単純な承認が学習成果を向上させる可能性があります。エリス・ ペイジが1958年に実施した研究では、テストで、成績のほかに個別のコメントを与えられた学生は、成績のみを与えられた学生と比べて、 その後のテストで著しく良い結果を残しました。標準化されたコメントを与えられた学生でさえ、「見られている」と感じ、その後のテストで、 個別コメントを与えられたグループに追いつきそうな勢いで成績の向上が見られました。
承認は必要不可欠です。そのような承認を授業のなかで与えるには、さまざまな方法があります。中等教育でも高等教育でも、 対面学習でもハイブリッド/リモートの学習環境でも、「見られている」という実感を学生に与えるには次の点を意識しましょう。
・共感をもって指導する
教科や学年にかかわらず、学生は学校以外の場でもそれぞれの人生をもつ、ひとりの人間であることを意識しましょう。 スクリーンに映る顔や、出席簿の名前だけで認識するのではなく、ひとりひとりを見つめるようにすると、帰属意識を与えられるでしょう。
・学生の話を聴く
学生は、自分の声が届いていると感じると、自分が尊重され、大切にされていることを実感します。ジョン・ハッティも 「肯定的で思いやりがあり、敬意に満ちた環境が、学習の第一条件である」と述べています。ベス・パンドルフォは、 授業で学生の声を聴くためのヒントをこちらで紹介しています。
・学生同士の教え合いを奨励する
社会神経科学者のマシュー・リーバーマンは「子どもは、テストのためではなく、 誰かに教えるために学ぶほうが学習効果が高いことはデータからも明らかだ」と述べています。学生に「見られている」 実感を与えるひとつの方法として、互いに教え合い、啓発し合える仲間をもたせるといいでしょう。ターンイットインのFeedback StudioのPeerMarkという機能を使うと、学生同士で互いにフィードバックを与え合うことができるので、 オンラインの授業空間でも会話を活性化し、つながりを築くことができます。
・フィードバックを与える
エリス・ペイジの研究が示すように、個別のフィードバックは学習成果を改善します。そのフィードバックが、 期末試験後に与えられる簡素な成績とは異なり、形成的で一貫性があり、すぐに行動に移せられるようなものであれば、学生は進行中の学習にすぐに生かすことができます。つまり、フィードバックループにより、「見られている」「支えられている」 という実感を学生に与えることができます。
すべての学生の承認欲求を満たすことは容易ではありません。しかし、それが、学習成果に明確かつ重要な影響を与え、さらには、 学習意欲と学生の幸福に大きく寄与することを考えると、試してみる価値があるでしょう。